« 2005年07月 | メインページ | 2005年09月 »

2005年08月29日

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#6

【6】事例
バリアフリー対応のパッケージの対象を広げて事例をみてみる。

〈写真1〉
data05_400.jpg

〈写真1〉はL社の製品解説書である。製品では説明書の活字が小さいのでこのような製品説明の冊子を作っている。L社に連絡すると送ってくれる。

〈写真2〉
data06_400.jpg

〈写真2〉はK社の製品点字シールである。これもK社に連絡すると送ってくれる。ちなみにビオレU/パウダーinの表ラベルには全身洗浄料なりボディシャンプーなどの記述はない。


〈写真3〉
data07_400.jpg

〈写真3〉はS社の点字のメーキャップ、スキンケアの冊子である。S社は特別養護老人ホームなどに出張して、高齢者のための化粧指導などもしていて、高齢化社会へ向けて地道な活動を展開している。


〈写真4〉
data08_300.jpg

〈写真4〉は漏斗とプルタブを楽に開けることができる道具である。パッケージにすべてを求めるよりも生活者は生活の知恵をだすことも必要だ。


〈写真5〉
data09_400.jpg

〈写真5〉はボールペンでユニバーサルデザインとして売られているものである。このボールペンを見て本当にすべての人に使いやすいのか疑問に思う。私には面白グッズに見えてならない。また大げさなパッケージも気になる。エコパッケージにほど遠いなど疑問ばかりがつのる商品である。


〈図3〉
data10_200.jpg

〈図3〉は自分でストローを固定できない人のためのストローフォルダーである。これなど飲料メーカーが障害をもった人のために無償で配布したらどうだろう。


〈図4〉
data11_200.jpg

〈図4〉これは握る時に力のコントロールができない人のための紙パックフォルダーである。小さな子供にも使いやすいものである。


〈図5〉
data12_200.jpg

〈図5〉は両手で操作が困難な人のための片手用ポンプ付きシャンプー容器である。健常な人にも便利なものだと思う。
包装分野ではパッケージにバリアフリーを施すよりも、自助具を開発したり、企業活動で障害者の日常生活を豊にするための支援が大切だと思う。


【7】おわりに
パッケージデザインにおいてバリアフリーを実現させるのは非常に難しい。その反面ユニバーサルデザインは有効な考え方だ。林玉子聖隷クリストファー看護大学教授は2001年7月23日読売新聞朝刊紙上で「ユニバーサルデザインの根幹をなすものは、あくまでバリアフリデザインということだ。バリアフリーデザインを知らずしてユニバーサルデザインを具体化師得ないと言っても過言でなはない。また環境を破壊し緑をなくしておいて、人にやさしいデザインはありえない。」と意見を述べている。私もこの意見にはわが意を得たりという気持ちである。包装のあり方を倫理面から考える時期にきていると思う。

【参考文献】
工業デザイン全集(日本出版サービス)
バリアフリー百科(TBSブリタニカ)
バリアフリーの商品開発(日本経済新聞社)
高齢者の視覚特性を考慮した照明視環境の基礎検討(社団法人照明学会)
身で小さな福祉用具(朝日新聞厚生文化事業団)


前節へ戻る:【5】視覚のバリアフリー
第1節へ戻る:【1】はじめに

投稿者 bfc : 13:01

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#5

【5】視覚のバリアフリー
情報の80%は視覚より得られ、パッケージの情報のほぼ100%が視覚から得られる。ここではロービジョンの人のためのパッケージのバリアフリーについて考えてみたい。ロービジョンとは、視覚で日常生活が不自由な状態をいい、視力が0.05~0.3また視野障害を含めた状態をいう。健康であって加齢によって視機能は低下する。白内障、糖尿病、緑内障、加齢黄班変性症などは高齢者に多く、視覚障害者の6割が65歳以上の人達である。高齢化社会に向けてパッケージの視覚伝達方法を研究する必要がある。

ここに高齢者の視覚の特性やみえやすくするためにはどのようにしたらいいのか思いつくままに挙げておく。両眼の矯正視力が0.1未満になると極度日常生活が困難になる。明るいところで視力は良くなり、暗いところでは悪くなる。夜の街頭では視力が0.6であるものが、明るい戸外では1.7ぐらいまで上がる。新聞活字を観る時60歳代では20歳代の約3倍の照度が必要になる。明度(明るさ)、彩度(あざやかさ)、色相(色み)にコントラストの差ををつけると読みやすくなる。白地に黒い文字より、黒字に白い文字のほうが見やすい(図2)注意書きなどに赤地に白抜き文字をしばしば使うが、高齢者には黒字に白抜き文字のほうが読みやすい。青系の色は黒くくすんでみえる。濃紺は黒く見える。赤から緑への色変化に対しては色の識別がしやすいが、紫から赤への色変化の識別が劣ってくる。60歳以降に色弁別能力の衰えが顕著になる。特に彩度の識別能力の低下が目立つ。高齢の画家がはっきりした色使いになるのはこれに起因しているかもしれない。白色の物体は年をとっても白く見える。黄ばんでぼやけて見え、微妙な青色の変化を識別できなかったり、細かい文字を読みとったり、形態の細部の違いを識別できなくなる。太い文字よりふところが大きい文字のほうが読みやすい。高齢者にとって見やすく、若年者であっても劣悪な条件下で見やすい標示は「低視力で読み取れること」、「短時間で読み取れること」という二つの要件を満たす必要がある。


次節へ進む:【6】事例
前節へ戻る:【4】ユーザビリティー(使いやすさ)

投稿者 bfc : 12:52

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#4

【4】ユーザビリティー(使いやすさ)
ここでは、バリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインの基いなるユーザビリティーについて考えてみる。ユーザビリティーとは「使いやすさ」と訳される。「使いやすさ」は工業デザインの分野では、バリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインと言う言葉が社会的認知を受ける前から工業デザインのテクニカルタームとして使われている。工業デザイン全集(日本出版サービス)6/上、人間工学の一つの章のもなっている。「使いやすさ」は「便利さ」とは少し違う。「便利さ」はいろいろな機能を付加してうまく役立つことであり「使いやすさ」は肉体的、精神的負担を取り除いて分りやすく、簡単に使えるということである。

●ユーザビリティーの三つの要素
〈表1〉は三つの要素と内容を示す。パッケージにおいては中身が何であるか、どのように開封するか、うまくハンドリングできるかなどが求められる。特にトイレタリー製品の裏ラベルなどはPL法などの関係で文字が非常に小さくなってきている。ユーザビリティーの視点で読みやすく、分りやすくする努力が必要である。

●ユーザビリティーの階層
〈表2〉は使う人を能力別にランク分けしたものである。ユーザビリティー「使いやすさ」を評価する場合、誰にと使いやすいかを決めておかなければならない。例えばその道のプロ、マニアのような人達にとって使いやすいものと、あまり知識の亡い人達の使いすさは必然的に違う。B-2ランクの人達のものがユニバーサルデザインであり、Cランクの人達のものがバリアフリーデザインと考えていいと思う。私は、すべての人が公平に使用できるというユニバーサルデザインの考え方に疑問を感じている。建築系、町づくり系に関してはすべての人に公平と言うこともあるかと思うが、道具系においては、すべての人に公平ということはありえないと思っている。日常生活においてなんらかのハンディキャップを持つ人と健常者では使う道具ははっきりと違う。高齢化社会に向けての道具系のデザインはB-2ランクの人達をターゲットにその製品の条件を明確にして「使いやすさ」を充分考慮に入れたデザインが求められる。マスコミの力でユニバーサルデザインと言う言葉が社会的に認知されているが、製品の作り手は、その意味を真摯に考えておく必要がある。


次節へ進む:【5】視覚のバリアフリー
前節へ戻る:【3】バリアフリーの変遷

投稿者 bfc : 12:25

2005年08月18日

■福祉機器レビュー#03〜モジュール型車いすイージー160HP

160hp200px.jpg移動がスムースで軽い操作性〜モジュール型車いすイージー160HP
モジュール型車いすは、交換又は調整が可能な、さまざまな部品(モジュール)の組み合わせで構成される車いす。部品の交換で使用者の症状や身体に会わせる事ができる。活動性を高め、自律機能を高めるためにはとても有効だ。イージー160HPは、すべての部品が調整、交換が可能で、身体や症状の変化に合わせて再設定ができる。耐加重120kgと耐久性を優先し、特殊加工のアルミフレームパイプと、接続には頑丈なステンレスボルトを使用している。後輪をはずしてコンパクトに折りたたむ事が可能。スムースな走りと軽い操作性を兼ね備えたモジュール型車いすだ。(tad)

モジュール型車いすイージー160HP
◎価格278,000円
◎取り扱い:アビリティーズ・ケアネット株式会社
イージー160HPのページ

投稿者 bfc : 05:45

2005年08月17日

■BFC推薦図書#01〜大村あつし著「クワガタと少年」

一般的に、バリアには物理的バリア・社会的バリア・心理的バリアの3つがあるが、この本は、人間が無意識のうちに持つ心理的バリアを非常にわかりやすく表現している。つまり脚の具合の悪いクワガタを正常なクワガタより安く売る大人の常識と、それに疑問を持つ自身も脚が悪い少年のエピソードだ。建築の段差など目に見えるバリアである物理的バリア。社会的制度に潜む社会的バリア。個人の心の中に潜む心理的バリア。この「クワガタと少年」は、目には見えないが、人の心の中に潜む心理的バリアに気づかせてくれる好著だ。お求めは、アマゾンか、お近くの書店までどうぞ。

【著者サイン販売会のお知らせ】
10月23日(日)午前10時より、港区立障害保健福祉センターで行われる「ヒューマンプラザ祭」にて著者サイン販売会を実施します。
港区立障害保健福祉センター」JR浜松町駅南口下車徒歩10分
お問合せはこちらまで

omura190px.jpg【著者プロフィール】
大村あつし
IT書籍、絵本、エッセイなど、広範囲に渡って活動する作家。
IT書籍の売上は140万部を越えており『過去10年でもっとも成功したITライター』と呼ばれる。テレビ出演多数。
2002年に発表した絵本『クワガタと少年』は、「バリアフリーの大切さ」「前向きに生きることの大切さ」を伝える童話として、多くの都道府県で学校の道徳の教材として採用されている。
公式サイト http://www.fushicho.com/

BFCブックレビュー#02〜クワガタと少年

投稿者 bfc : 12:29

2005年08月16日

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#3

【3】バリアフリーの変遷
1960年代初頭からすでに高齢化社会を迎えた北欧で障害者のための素晴らしいデザインの道具が出現しはじめた。日本のデザイン界にも紹介され、当時の若いデサイナーに強い衝撃を与えた。ノーマライゼーション(正常普通の状態にすること)、エルゴノミックス(人間工学)などという言葉が使われるようになった。1975年12月の「国際リハビリテーションニュース」誌の特集/障壁のない設計、国際連合生活環境専門家会議報告書が公にされ当時の国連の事務総長カール・ワルトハイム氏が挨拶文で「われわれ国際連合は、あらゆる所で障害者が直面している諸問題を協議する国際協力が必要であることを痛切に感じており、国連社会開発人道問題センターが専門家を招集しイニシアチブをとることにより、障害者のために特に必要な配慮に対し国際理解が深められるように、そして障害者が充実した、実り多い有益な生活をおくることができるようになることを熱望しております。」と書いている。

1981年国際障害者年、82年公衆電話の数字に突起をつける。83年国連障害者の10年開始年。84年紙幣に視覚障害者のための識別マーク採用。86年テレフォンカードに切り込み採用。87年公衆電話のカード返却時に音声ガイダンスやカード返却音の導入。公衆電話のテレフォンカード硬貨入り口を点字で標示。日本では80年代はバブル経済期でバリアフリーはあまり浸透しなかった。
1990年米国でADA法(Americans with DisabilitieesAct)制定される。
この法律は、雇用、移動、コミュニケーションの三つの場面において、障害者が不当な扱いをうけることを禁止している。91年E&Cプロジェクトが発足(99年財団法人共用品推進機構に改組)。ボトルのサイドにギザギザがついたシャンプーが登場。94年わが国で高齢者身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律(ハートビル法)が制定される。95年ユニバーサルデザイン7原則が発表される。この年くらいから急に高齢化社会にむけてのユニバーサルデザインへの関心が高まる。
2001年ユニバーサルデザインと言う考え方がマスコミで持て果たされる中で「バリアフリーなくしてユニバールデザインなし」と言う反論があちこちで出始める。

次節へ進む:【4】ユーザビリティー(使いやすさ)
前節へ戻る:【2】バリアフリーとは

投稿者 bfc : 16:10

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#2

【2】バリアフリーとは
Barrier Freeとは柵、障壁を除去する、片づける、取り除くことである。
 例えば握力に障害がある人にとって、力を入れなければ開封できないパッケージは、開けにくい開閉機構が障壁になる。その開閉機構を開けやすくすることがバリアフリーと言うことである。バリア(障壁)は四つに分類することができる。
●物理的障壁:重さ、大きさ、高さ、長さ、時間などの障壁。パッケージでは開けやすさ、使いやすさがここの分類になる。
●情報の障壁:見る、聞く、話す、嗅ぐ、味わう、触れるなどの障壁。情報の80パーセントは見ることから得られる。パッケージでは文字を大きくしたり、コントラストを強くして内容をしっかり伝達することが求められる。
●心理的障壁:人の心の中にある感情や不確実な知識や障壁になってしまうことがある。偏見やあきらめ、あわれみなどがこれにあたる。
●制度的障壁:障害を理由として一律に資格取得などを制限するようなものを制度的障壁という。

パッケージでは物理的障壁と情報の障壁をいかに取り除くかが課題になる。情報の障壁を低減させる仕組みに「異なる標示要素の組み合わせの原則」がある。文字や音声に偏っている情報に、点字などの触覚情報や、ピクトグラム、外国語など、いくつかの異なった種類の標示要素を同時に提示することによって、情報の障壁、つまり分かりにくさが低減される。麦酒の缶に「さけ」と点字されているのはこの原則に従ったものだ。分野は違うが路線バスや鉄道車両で停車駅を電光表示する装置を備えたものが増えてきている。これは、聴覚障害者にとって便利なものである。

パッケージにおいてバリアフリーを実行するのは、非常に難しいが、バリアフリーの思想を背景にユニバーサルデザインである程度カバーすることはできるし、パッケージをサポートする自助具を開発すれば、直接パッケージにバリアフリー機能を付加しなくても、パッケージのバリアフリーを遂行できる。
障害者を分類すると〈図1〉になる。包装分野では、肢体不自由者、視覚障害者に向けて、自助具を含めてバリアフリーデザイン開発が求められる。

次節へ進む:【3】バリアフリーの変遷
前節へ戻る:【1】はじめに

投稿者 bfc : 13:23

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#1

株式会社 手島デザイン研究所 代表取締役 北村正彦

【1】はじめに
バリアフリーデザインからユニバーサルデザインへ世の中の関心が移っている中であえてバリアフリーデザインを考えてみる。ユニバーサルデザインはすべての人に使いやすいデザインということである。それに対してバリアフリーデザインはある特定の人たちのためのデザインである。包装はおおむね大量生産、大量販売の商品の保護、販売、輸送使用を円滑に遂行するものである。

この事実は、包装業界でバリアフリーデザインからユニバーサルデザインへと急速にシフトしている要因になっている。大量生産、大量販売を目指す以上特定の人達に対しての包装は、コスト、生産性などの面から市場に出すことができない。反面ユニバーサルデザインは、高齢者に向けて、加齢による身体能力の低下した日常生活は支障なく過ごせる人達に対してデザインしたものが、健常な人達にも使いやすいということから、業界が取り組みやすいということがある。ここで注意しておかなければいけないことは、ユニバーサルデザインを目指しているので特定の障害を持った人達へのバリアフリーデザインは、取りあえず考えない。ユニバーサルデザインをやっておけば、企業イメージが上がり、コストアップにつながるバリアフリーデザインをやらなくても済むという考え方をもつことである。ユニバーサルデザインはバリアフリーデザインの基本的なスタンスを持つことで初めてその存在意義が明らかになるのである。この稿では、私がデザインをするうえで常々考えているバリアフリーデザインについて記述していくことにする。学術的な論文ではなく、覚え書き的な文章なので、用語などに正確さを欠くことがあると思うが、それは寛容に読んでいただけるとありがたい。

次節へ進む:【2】バリアフリーとは

投稿者 bfc : 13:18

2005年08月12日

■PEAPLE#01~木下千代子さん

世界で活躍するdisabilityを紹介する"PEAPLE"
たとえdisabilityであっても、その肉体的、心理的障害を乗り越え、自己実現を果たし、世界で活躍するそして挑戦する人々に、エールを送る。

【2012パラリンピックにチャレンジする木下千代子さん】

kinoshita190px.jpg木下 千代子
1968年2月東京で生まれる
高校卒業後 就職すぐ結婚・・・
昭和63年4月第1子長女出産
平成元年8月第2子長男出産
その後幸せな筈の家庭が・・・夫病死
毎日、仕事に明け暮れる毎日
2000年1月運命の人と出会いまた、私も幸せ?になれると思い、日々大切」に過ごすが同年12月二度と歩ける体ではなくなる・・・それは脊髄損傷という二度と再生する事のない神経を潰してしまう。

それが、一体どういう事かわからないまま1年入院し、退院、リハビリ結婚を約束した彼は、私を毎日支えてくれました。
周りからもう、結婚はあきらめな!の言葉ばかり
そうですよね、もう歩く事も立つと事も出来ないのに結婚なんて出来る筈ない!
しかし、彼は(これから、ずっと車椅子押す人生も悪くないな!)
ですって、2001年再婚~2003年運命の子を授かる
誕生日がなんと主人と初めて会った1月22日
こんな事あるの?
この子のため、私はなにが出来るか日々考えました。
自分のため、家族のため、車椅子の生活のなかで赤ちゃんを
育てることの大変さ、
自分の体の動かない苛立ち、周りの目、随分傷つくこともありました、
でも、なにも知らないで生まれてきたこの子のはなんの関係もない
一時は外へ出るのもいやになりましたがそんなことでへこたれる
私ではない!そのとき水泳と出会いこれしかないと、心に誓う!
水の中だったら、たとえ障害があっても、自由に速く泳ぐ事ができる!
コーチの薦めもあって、バタフライでパラリンピック出場を決意する。
      
                
観てて、お母さんを・・・たとえ障害を持っていても、子供も生める
夢も持てる、自慢のお母さんになってみせるから
まだ、道のりは長いけれどこれからの私を見ていてほしい。
家族だけではなく、障害があるとか無いとかそんな意味ではない
一人の人間の、母親の生き方として、そんな風に自然に見てもらえたらきっと私も
いつも笑っていられる、そんな日々を送りたい。

投稿者 bfc : 09:56