« 2005年11月 | メインページ | 2006年01月 »

2005年12月19日

■THNKING ABOUT BARRIER 【1】

阪田久美子

『文学、芸術の名主人公は障害者!』
 これまで半世紀もの長い間、障害社会を時折客観的な立場で垣間見てきた私は実際に自分が障害を持つ者のひとりになって改めてノーマライゼーションとかバリアフリーとかいったカタカナに出会うと主観的に考え始めて一瞬、立ち止まってしまう事がある。
 突然、被殻出血という招かれざる客の受容に有無を言わせずOKを出してしまった私は自らの経験を自分の脳裏に蓄えるだけでなく、温泉地の湧き出る湯が溢れ出していくように社会全体に伏流してじわじわと広がっていくだろうか、と?を自らに投げかけた。
 この楽観的な考えは、常に嬉しい期待を持つ私がブログを開設して「脳のミステリー」を記していこうと思い立ったきっかけになっている。
 好意的に私のブログをリンクしてくれたBFCとは、更に縁あって、日々、感じている諸々をエッセイに綴っていく経緯に至ったのである。

 文学、芸術の世界では所謂障害者が主人公になりうる機会が多々ある。紙一重という言葉がピッタリする事がしばしばある。
 そんな世界での小学生時代の私と障害者の出逢いは先ず、映画で見た谷崎潤一郎の名作「春琴抄」だった。自らも山田流の琴を奏でた亡き母は無類の映画好きで幼い私を連れてよく映画館に通っていた記憶がある。琴と言えば、後年、山田流琴の石碑の横に江戸における三味線製作の始祖なる東京市指定石碑が目立つ三田の浄土宗大信寺の魅力を綴ったエッセイを思い出す。
港区で刊行物にするにあたって執筆前に私は大信寺第26世住職に色々お話を伺った。そして一枚起請文に興味を持った。それは法然上人が亡くなる前に古参の門弟源智上人の依頼に応じて、法然自らが達した宗教的な境地で平常よく語っていた事を簡潔に滑らかな筆致で書いたものである。この誉れ高い名文を文豪幸田露伴は「日本文で書かれた神品」と言い、高村光太郎は「仏を信じ身を投げ出した昔の人の恐ろしい告白の真実が今の今でも生きて私を打ちました」と記している。光太郎が精神
を病んだ妻を歌った「智恵子抄」を改めて私は思い出した。
 若かりし頃の私の記憶に残る他の主人公たる障害者は、裸の大将の山下清画伯、亡き父の書架から盗み取って読んだ伊藤整訳DHロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」等々がある。後に、山下清は私をスーラーの点描手法に関心を抱かせ、ロレンスは英文学に目覚ませた。
 受験生に英語を指導していた頃、私は必ずと言っていいほどヘレンケラーのWATERに関する文を引用したものである。こんなにも簡単に障害者に関する文学や芸術の数々が思い出せるのだから、障害の様々な問題は斯くも身近で根強い迫真性があるのだ、と私は思っている。

阪田久美子

阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/

投稿者 bfc : 10:48

■BFCニュース#03~BFC代表、表早稲田大学の装具の研究に関わる被験者として協力

11月と12月の2回、代表は、早稲田大学大学院人間科学研究科福祉医用人間工学領域藤本研究室が主宰する「脳卒中片麻痺患者の歩行時における痺牲に抗する力の定量化に関する研究」の被験者として協力した。この研究の成果は、より装着すやすく、歩行しやすい装具の設計・開発に活かされる。

投稿者 bfc : 08:05

2005年12月05日

■ブックレビュー#05~ヒューマン・ケアの思想と実践

『ヒューマン・ケアの思想と実践』 原 慶子著
ドメス出版 2000年6月20日発行 2300円

【「相手の背骨(価値観・見方・捉え方・精神軸)」を理解しようとするセンスが問われる福祉の仕事】

父親の代から続く老人福祉施設を受け継ぎ、その長年の経験から見た現在の社会福祉のあり方への洞察は、自分のように厚生労働省推奨のテキストから学び始めた者には見えない多くの問題を提示してくれる。一つの制度が生まれ根付いていくまでには、様々な検証や批判を受けなければならないだろう。本書には、その意味で多くのエキスを見出すことができた。

「ケア」については、福祉の仕事の善し悪しを決めるのは人間関係のあり方であると前提しながら、著者は「相手の背骨(価値観・見方・捉え方・精神軸)」を理解しようとするセンスが問われると言っている。「ケア」の意味は心配や気遣いなどが元々の意味であるが、それに必要なのは相手と自分の理解、さらに言うなら人間を理解するということだろう。しかし、行政の中で使われている「ケア」はどこかずれていると著者はいう。私もそう思う。もう一つの視点は、福祉の仕事に文化がどれ程盛り込まれているかという問題である。「文化と芸術の香りのするホーム造り」を目標としている著者の考えには大いに賛成である。もし、自分がサービスを受ける立場だったらと考えると、現在の福祉のありようはあまりにも寂寥としている。生活とは、その人の文化の具現化であるということもできるだろう。著者は施設の立場からの発言だが、在宅福祉でも同じことが言えると思う。後半では、法律や制度の作成される過程で、このようなケアの理念が軽んじられ枠組みだけが数字的にはじき出されている実態を、「人間の顔の見えない介護保険」と表現している。介護保険が国の財政対策として出発したこと、福祉施設のありようを制度の中に当てはめようという国に対して、実践を踏まえた意見は説得力がある。さらに、その痛烈な批判も今後の制度を変える原動力に変えようという著者の発想転換には脱帽した。厳密な洞察力と柔軟さとを併せ持った姿勢に本文中の過激な発言が気にならないほどの感動を覚えた。介護保険施行前に書かれた本であるため、すでに改善されている点もいくつか見受けられる。しかし、見方を変えると、このような現場からの声によって改善されたといえるかもしれない。制度に肉をつけ血を通わせるための材料が豊富に発見できた。また、ひとりの女性として、そのしなやかで力強い生き方にはとても魅力を感じる。
中島美智代

投稿者 bfc : 17:05