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2006年01月18日

■THINKING ABOUT BARRIER【2】

阪田久美子

『戌年の年頭に考えた事』
 家族の皆が心から認定書を出す介護犬、我が愛するゴールデンレトリバーが高齢社会に突入する直前の昨年クリスマスイブに突然他界した。独身貴族を通してきた彼女は閉経して癌という大きな引き換えを貰ってしまったのである。戌年の正月6日に10才の誕生を祝う筈だった矢先の哀しい出来事だった。
 人間同様、高齢犬も体のあちこちに支障をきたすらしいが、気力はまだまだ充分あった。持ちつ持たれつ相思相愛ってな訳で障害者の私とは同病相哀れむといったところである筈だった。

 東京生まれの愛犬は若かりし頃はスピードランナーの異名を持って、私と共に第二の故郷、湘南の海辺を走り回っていた。ところが私が脳出血で倒れて以来、海辺には戻れず都会生活を送る事になったのである。すぐ脇をけたたましい爆音を発して通るバイクや排気ガスを残して走り去る車にギョッとして尻込みしていたが、都会のジャングルを潜り抜け、車のすぐ脇を歩く事にやっと慣れてきた頃、朝晩の散歩で私の介護役に指名された愛犬は従順に努めてきた。彼女は言わば私のプライベート介護犬だった。
 車椅子に乗って移動するようになって、私はバギーに乗る赤ちゃんの迷惑と低空走行を余儀なくさせられる犬の気持ちが分るような気がする。
 都会の道路では乗用車、商業車そしてトラックが「そこのけ!そこのけ!お馬が通る」でなく「どけ!どけ!俺様が通る」と言わんばかりに傍若無人に罷り通っていく。はっきりした言葉が未だ々々苦手な赤ちゃんやバウリンガルの犬にはとても迷惑だ、という事が私にはまざまざと解り始めた。先ず始めに・・・幼い頃から犬を家族の一員として迎え入れていたのは、もしかしたら戌年生まれの母の考えからだったのかもしれないと思い出す。成犬になってから出会ったシェパードとビーグルとは少し違い、ブラックとゴールドの2匹のコッカースパニエルはもとより、私の介護犬を名乗り出たゴールデンレトリバーはその成長から一緒で正に家族の一員であった。出逢いには必ず別離が付き物で夫々にしみじみと思い出ある老齢期と様々な別れがあった。
 共に暮らした十数年間を互いに意味あるものとして振り返ると、決して人間という飼い主の思いがペットの負担になってはならないのである。犬はいつも飼い主を気遣い、理解しようとしながら生きている。だが、人間は違う。実は「内の子は可愛いの」と押し付けがましくて困るらしい。犬は懸命にそんな飼い主を理解しようとするが、猫は逃げ出そうとするらしい。
 可愛がったり世話をするのはいいが、それがあまりに一方的過ぎると尽くされる側には重荷になってしまうのである。ここで人間はノーマライゼーションの本当のあるべき姿を考えるべきだと思うのである。犬と人間の会話を一般人と障害者に置き換えて頷く私に賛同する人は少なくないはずである。

阪田久美子

阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/

投稿者 bfc : 2006年01月18日 18:15