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2006年03月29日

■THINKING ABOUT BARRIER 【4】

阪田久美子

『音楽と運動』
 私がBFC代表に出会ったのは10ヶ月前の事で音楽療法の部屋だった。私は音楽が好き、スポーツも好き。音楽はスタンダードが好き。スポーツはテニスが好き。音楽と身体が一緒に行動するのを実感するのは唯一踊りが加わった時だと長い間思っていた私は何と融通のきかない不器用な人間だったのかと、今更ながら振り返る。そして、音楽療法の部屋を覗いた瞬間から私の思い込みは消え去ったのである。

 音楽に合わせて歌ったり、踊ったり、身体を動かしたりは普段、独りでは出来ない。だから、主婦していた頃は掃除をしたり、料理をしたりしている時に、私は部屋に音楽を流して「ながら族」を試みた。掃除にはスイング、料理にはバラード、子育てにはララバイ、心も体も音楽に合わせて動き出して事は速やかに運んだものである。
 右半身不随の私には歩行障害があって動かさないと脚の筋力は衰える一方になってしまう。そこで、運動機能の衰えを食い止めるには音楽療法のリハビリはとても重要だと思うのである。隔週の音楽セラピーの集いは確かに少ないが、欲張りは控えよう。指導者側に立って時間配分にも思い遣りを持たなくては・・・ 昔は自然に身体が動いたものだが、最近でもラジオやテレビから流れる音楽によっては半分しか自由に動かせなくなった身体が無意識の内にリズムを取っているのに気がつく。
 音楽と言えば、決まって軽音楽か極一部のクラシック音楽に偏っていた私の体が、何と民謡とか歌謡曲にも反応しているではないか。まあっ、この分野での自らの選曲は残念ながらありえないが・・・
 元来、好みが結構うるさい私だが、自らの意識にも変化を感じるのである。最も著しい変化は時間の使用対象の変わりようである。時間貧乏の私は時間のやりくりに苦労するが、時間を無駄に過ごすのが大嫌いだった。「時は金なり」という言葉が常に頭の片隅にある人間だった。それが音楽セラピーの集まりに参加するようになって大変化が起きたのである。
 仕事も英語が主体になっているので、これら二つに殆ど無関係に思われる音楽は考えてもみなかった。ところが、それは大きな間違えだった。人間は確かに合理性だけでは生きていけない。美を求める心が豊かさを見い出し、文化を意識して人間は生きていく糧をそこに感じるものである。人間の知恵から生活が便利で快適になる文明は時代や地域が限定されて経済や技術の進歩に重点があるのだが、文化は民族や社会の風習、伝統、思考、更に価値観が各時代にわたって広範囲に伝習され、相互の交流によって発展していくのである。そして、勿論、音楽は文化の最たるものなのである。
 無論、言葉も文化、まして漆工芸は文化、という事は、私が生き甲斐の筆頭にあげる英語という言葉も日本の漆工芸という仕事も音楽と一緒に私特有のリハビリの奥義になると実しやかに言っては大袈裟だろうか。


阪田久美子

阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/

投稿者 bfc : 2006年03月29日 13:25