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2006年04月27日
■THINKING ABOUT BARRIER 【5】
『内敵と外敵、そして外敵を考える』
普通の考え方では、人間の敵はいつも外からやってくるのだろうが、私の敵は内からやってくるのである。外敵と内敵の大きな違いは言葉である。外の言葉は表現とか伝達の何物でもなく、間違った事が人の口から発信されてから覆すのは並々ならぬ努力が必要とされ、元に戻らない事がある。一方、内の言葉は所謂心の言葉の一種で自然に任せておけば然るべき対処が施されるという訳である。(昨年度に続き社団法人日本脳卒中協会第8回脳卒中体験談で『痺れと闘いながら言葉の甦りを実感する私』が選出される)無論、共に気持ちに左右されるのは言うまでもないが、内からの場合は自然に任せて自分だけで解決出来るが、外からは他人の気持ちと複雑に絡み合うので解決に時間がかかり、難しいという訳である。
病魔との戦闘開始直後に九死に一生を得て生と死を一つの体に共生する事を許した私は、薄々勘付いていたが、内なる敵を頼みの綱の医者に指摘されると外敵と内敵に挟み撃ちにあった格好の自分が「知らぬ存ぜぬ」を通す事が不可能であると思わざるを得なくなった。内なる敵に闘いを挑まれて虐待されると、残念ながら私には抗するすべもないのである。私の体の中での戦闘には勝敗はなく、後戻りも出来ずに悶々とする私はただただ戦慄するのである。そして、だが、それでも尚、勇敢な私はあえてこの凄まじい挑戦を自らの特権とし、自分だけの世界の中で解明したいと思っている。
しかし、ここでは他人を巻き込む外敵を取り上げてみようと思う。そして、当然だが、不随と宣告された右半身だけを取り上げてみたいと思う。
昨年前半まで、不自由な右手足に痛覚は無であった。無が外敵に虐められても単純に痛みとして感じるわけではなかった。だが、痛覚が戻りつつある今、痺れが倍以上になって私を襲撃する毎日を送っている。「ニュートンのリンゴ」と題して一寸した話をマイ・ブログに投稿した事がある。成る程、私の体内の機能は自ら感じる事がなくても地球の引力という自然には簡単に反応してしまうのか。痛覚が一番か、痺れが先か、はたまた制御が・・・無論、私としては何時の場合にも勝敗は制御がVサインを出してくれたら文句無しなのだが・・・
昨年後半から始まった外敵による痺れと痛みの二人三脚をこれからじっくり考えてみたい。変化は確かにある。いいか悪いかは知らないが・・・
真冬から若葉の季節までの日本近海では急速に発達する爆弾低気圧の動きで寒気と暖気の温度差の境目では大気が不安定になって雨を降らせたり、雷が発生したり、突風が吹いたりする。
日本の春の風物詩、春一番が最も解り易い例である。急に発達した低気圧は大きな震源のエネルギーによって引き寄せられる可能性があるらしいが、衝突して地震発生にもなるのだろう。発達した低気圧は時折、眠るライオンを起こす様に私を揺すり、自然界の厄介な動と右半身の折角の静の境界線では私専有の大気が不安定になって、突然、ガンガン、ビリビリ、痺れが最高潮になって行くのだ。
書き出しを覆す様だが天災も人災も同時に考えると『私の敵は内からの筈だがやはり人間の敵は外からやってくる』を確認する様な出来事である。
(阪田久美子)
阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/
投稿者 bfc : 13:06
2006年04月03日
■ブックレビュー~『路上の弁護士』 ジョン・グリジャム
『路上の弁護士』 ジョン・グリジャム著 白石朗訳
新潮社 本体2200円(税別) 1999年
舞台はワシントンDC。ある弁護士事務所に、ゴム長靴を履いた浮浪者が入り込み、九人の弁護士に銃を向けた。要求らしきことはしない。ただ、いくつかの質問をした。「飢えた人間やホームレスに出した金額は?」「寄付はいくらした?」そんなやり取りをしているうちに、SWATのメンバーが取り囲み、警察の狙撃者によって射殺された。その九人の弁護士の中にマイクル・ブロックはいた。彼は、有望な若き弁護士である。そんなある日、この事件は起こった。なぜこの法律事務所を選んだのか、何の目的でこんなことをしたのか。彼の謎解きが始まる。そして、射殺された男の代理人を以前に勤めたという弁護士、モーディカイと出会う。この出会いが、マイクル・ブロックの生き方を大きく変えることになる。
彼は、ホームレスの救護所で炊き出しをしながらその実情を目の当たりにし、偶然にも自分の所属していた事務所が関係する不当な立ち退き事件をあるファイルから知る。そして、それがゴム長靴男の事件の目的ではなかったかと考える。このファイルを持ち出したことで彼は警察から追われる身となった。将来を約束された法律事務所を辞め、年収は10分の1になるモーディカイの下で働くことを決意する。ギクシャクしていた妻との離婚も、このことで決着が付く結果となった。モーディカイの事務所には、生活の術を失った相談者たちが次々と訪れる。その中に、事件の真相を知る証人が現れ、謎は一枚一枚剥がれていく。弁護士である彼が、重要なファイルを盗んだ罪で裁かれる立場と大企業を相手取りホームレスのために訴訟を起こそうとする立場を同時に乗り切ろうとする。この場面は、重層的で実に面白い。更に、事件が縦糸なら、そこに絡んでくる一人ひとりの個性が生き生きと描かれている横糸がある。モーディカイは、マイクル・ブロックにロースクール時代に描いた弁護士としてやりたいことを思い出させる魅力的な弁護士。ゴム長靴の男は、自分の命に代えてホームレスの人たちの代弁者になろうとしたヴェトナム帰還兵。四人の小さな子供を抱え冬の寒空に追い出され、一家五人で命途絶えた若い母親のロンティー。薬物依存症を克服してわが子に会いたいと努力を続ける母親ルビー。ひとりひとりが一生懸命に生きようとしても塞がれる社会の壁があることを、この三人は教えてくれた。と同時に、この三人が愛すべき人だったと読者に思わせるのは、著者の人間表現の技法なのだろうか。愛すべき人たちに出合ったことで、若い弁護士は自分の進むべき道を見つけることができた。名門法律事務所のパートナーとしての名声や年収にも勝る彼自身の自己実現が「路上の弁護士」にはできるかもしれない。
(中島美智代)
投稿者 bfc : 11:16