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2006年07月03日
■Thinking About Barrier【PLUS】
『W杯ドイツ大会に思う』
夏休みの季節に入る前に一寸一休みして、こんな事を思い出した。中村俊輔選手のユニフォームを着込んだ人達が障害者招待席から拳をあげて応援する姿を見て「彼のプレイは見る人皆に喜びと勇気を与えてくれる」とあったのを、記憶、新たにしたのである。フットボールには、サッカー、ラグビー、アメフト、それに最近、日本でも知られるようになったオージーフットボールと色々あるが、日本の蹴鞠も忘れてはならない。蹴鞠は600年代に中国から渡来したが、中国本土では次第に廃れていった。日本では、独自の発達を遂げて、平安時代には宮廷競技として広まった。鎌倉時代になると、武士階級でも盛んに興じられ、老若男女の差別無く親しまれた。蹴鞠の流行が衰える事無く長年に亘って普及したのは、階級制度の厳しい時代における民衆のストレスのはけ口にもなったからだ、と想像できる。英語だけでなく、若い頃から英国式が好みだと自ら明言する私には、英国好みに関しては様々なエピソードがある。一日に数え切れないほど飲むコーヒー好きの私は、実は胃には優しく、とアメリカン・コーヒーを片手にアメリカン・ドリームを頭に絶えず浮かべながら仕事に励むにも拘らず、就職には英国の航空会社を選択し、我が子のイニシャルはUKだ、という笑い話まで纏わり付いている。だから、好みのフットボールは当然、ラグビー。紳士のスポーツ、ラグビーである。留学してまもない頃、観戦したのはテニスではなく、オーストラリアン・フットボールだったが、すぐにオージー化した私の好みは、それでもラグビー。ケンブリッジとかオックスフォードという名門大学の名より、逸早く覚えたのはラグビー高校という名前だった。だが何故か、元々サッカー・ファンだった明治生まれの亡き母の影響で、ブラジルのペレ、日本の釜本邦茂の名前には馴染みがあった。そして、私は典型的な日本人である。流行に弱い! フィーバーに弱い! 今年の夏はサッカー観戦に燃えたのである。
今年の日本の6月はTV・新聞だけではなく、家族の間でも、障害者仲間でもサッカー・ワールドカップが話題をさらったのである。選手達の汗を画面で見ていると、梅雨の汗ばむ天気も気にならないのが不思議だった。初日のA組ポーランドがエクアドルにまさかの敗北。基本的な事を忠実に守ってプレーするエクアドルに勝を取られて、驕るポーランドは悔し涙を流した。
F組日本はオーストラリアに負け、クロアチアには引き分け、そして強豪ブラジルに挑戦する事になった。オーストラリアとは今年が友好30周年という訳で両国どちらも譲れない勝負だった筈である。クロアチアは1991年に旧ユーゴスラビアから独立して、初の1998年のフランス大会では日本人のファンには鮮明にシュケルという選手の名前を記憶に残したチームである。ブラジルに先ず、ゴールを決めた日本は素晴しかったが、結局、完敗した。
アジア・サッカー連盟は、アジア勢の全チームが1次リーグで敗退した結果について「敗北を教訓にしなければならない。落胆したが、今後はオーストラリアが参加することでアジア全体のレベルアップにもつながるはず」と話した。
日本選手のプレーを見ていた私はちょっと憂いを感じざるを得ない。インターナショナル・プレイヤーに日本人の決定的な弱さを見たような気がしてならない。
基本を蔑ろにする事、「俺が俺が!」と自己アッピールが多い事。個人戦ではなく、団体戦だという意識が薄いと、私は感じたのである。個の時代とはいえ、only oneではなくone of elevenを忘れずに戦って欲しかった。日本人が国際化するにはまだまだ時間が掛かるのだろうか。
(阪田久美子)
阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/
投稿者 bfc : 2006年07月03日 12:09