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2006年08月30日

■Thinking About Barrier【9】

阪田久美子

『さようなら葉月、こんにちは長月!』
残暑お見舞い申し上げます。
何とも日本らしい季節の挨拶だが、最近は自然が破壊されているせいか季節感が薄れている。今年は8月8日頃だった立秋を過ぎても尚残る暑さに健康をご機嫌伺いするのも「何時にしようか、何時にしようか」と迷っている内に季節はいっきに秋に移行して行ってしまいそうだ。そう言えば、梅雨明け宣言も「今か今か」と待ち草臥れて、いざ明けると、夏休みの子供の愉しみであるプールが大問題になって、土用、立秋、残暑と時だけが順序良く過ぎ去ってしまう。太陽年と太陽の黄経によって24等分し、節気と中気を交互に配列して、折角、夫々に季節の名称を与えたのに、何か虚しさを感じる。エレベーター事故にせよ、プール事故にせよ、人災で若い人が亡くなるのは何とも哀しい事である。夏のプール事故を中心に考えるとやるせない気持ちになってしまう。一年間は長いのだから、必ず巡ってくる夏に向けて、何故、日頃から綿密な点検を行わなかったのか。毎日乗り降りする電車やそのレールは人の命を預かるのだから、点検は怠らない筈だ。プール然り! 当然の事である! 幼い命を決して無駄にしてはならない。以前、私は『脳のミステリー』というマイブログの中で飛行機の点検について語った事がある。いつの場合も、いかなる事にも常に気遣いを忘れないで欲しい。周りの条件が違ってくると、又、更に、自然環境が異なってくると、本体そのものが必要とする心遣いは自ずから変化してくるものである。私の脳出血もそうだった。私がほんの僅かな気配りを怠ったが故に引き起こされた天罰だとさえ思っている。普通なら、何事もなかった筈の私の体に大異変が起きたのは、周囲の条件が違ってきていたからだ。過労あり、食べ過ぎ飲み過ぎあり、肥り過ぎあり、そして無意識の内にやって来ている加齢、みな過剰という事で、どれもこれも一寸心配りを払えば!と思うのは後の祭である。取敢えず、あの時の悪条件は殆ど排除したと自分では思っている。でも、あれらの悪条件は常に再来の時期を狙っている筈だし、又、あれらは前よりもっと加速度を増してやって来るのだろうから「ご用心!」に越した事はない。
9月は、爽やかなイメージも強いが、酷暑の後の疲労が健康体を引っ張る傾向にあるから「気をつけて!」「Take care ofyourself! Look after yourself!」と結んでおこう。

阪田久美子

阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/

投稿者 bfc : 13:35

2006年08月16日

■福祉機器レビュー~滑りにくく安定性の良い一本杖用ゴムチップ/コンケイブチップ

スウェーデンの元学校の先生が開発した可塑性ポリウレタン製のゴムチップコンケイブチップ。底面の外辺が高く、内側はやや低くなり、そこに2ミリくらいの21個の円柱の滑り止めがある。
柔軟で広い接地面を持つ。機能的にもデザイン的にも優れたスウェーデン製ゴムチップ。(tad) 

取り扱い/アビリティーズケアネットhttp://www.abilities.jp/index.html

投稿者 bfc : 15:41

2006年08月01日

■Thinking About Barrier【8】

阪田久美子

『土用の鰻』
私が毎年、日本にいる限り、必ず怠ることなく昔からの風習を頑なに守っている事が二つある。正月の七草粥と夏の土用の鰻である。共に家族の健康を想っての私の食卓作りである。土用の丑の日には、鰻を夏負けの特効薬として食べる風習は古くは万葉集に大友家持が残している。
― 石麿に我物申す夏痩せによしといふ物ぞ鰻(むなぎ)取りめせ―「夏痩せに効くというものだ、鰻を捕ってお食べ」と真面目くさって忠告している。だが、一方では、― 痩す痩すも生けらばあらむをはたやはた鰻(むなぎ)を取る
と河に流るな ―「いくら痩せていたって、命あらばこそ。よもや、鰻を捕りに行って川で流されたりするでないぞ」と茶化している。
 鰻を食べる習慣についての由来には色々あるが、平賀源内の発案というのが最も一般的である。元々、鰻の旬は冬で、鰻屋が源内に相談を持ちかけたのは、夏には脂が落ちて淡白な味の鰻がまず売れないのを何とか売る為だったからだ、と言われている。あの源内が言うならと、鰻屋は大繁盛だったと言う。昔も今も実に有名人の後押しは効くものである。実は、今だから一般にも知られている事だが、鰻にはビタミンBが豊富で夏バテ、食欲減退防止には効果覿面で、さすが源内先生!と言える。
 だが、いつの時代でも、時代を先取りすると煙たがられて奇人変人と呼ばれたりする。源内のような人間を評価する風土は当時の日本にはなかった。源内は今でこそ「万能の天才だ、時代の先駆者だ」と持て囃されるが、才能ある人間を奇人変人と妙な目で見ては孤独にさせる日本には現在でも本当の意味の創造的な文化は育つわけがない、と言わざるを得ないのかも知れない。
 障害者のレッテルを貼ってしまった私は、自ら奇人変人のレッテルを貼る事が出来たらいいな、と夢見ている! 平賀源内は、当時は時代に束縛された全くの不自由人の名が相応しいと思われる。平成の不自由人の仲間入りをした私は、自ら、自由な時代の恩恵を被りたく、切磋琢磨の毎日を送りたいと願っているのである。

阪田久美子

阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/

投稿者 bfc : 16:05