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2006年10月30日

■Thinking About Barrier【11】

『障害者が教えてあげる!』

阪田久美子

 中途障害者の仲間になって優に5年が経った。私なりに不便の中での日常生活で便利に感じる事は色々ある。それは見かけでは判断出来ず、決して健常者が感じる事と全く同じとは言えない。
 先日、エレベーターの中で妙な女性に出くわした。空っぽのエレベーターにショッピングカートを引っ張る比較的若い女性が先に乗り込んだ。続いて車椅子の私が乗った。私が乗り終わると「待ってー!」という叫び声が後方から聞こえた。中の女性が停止ボタンを押し続けて待った。
「これ便利ですねー」私に話しかけている様子だが、私は一寸頷くだけだった。更に、駆け込み女性は言った。「ホント。便利なものですよね」私は無視した。一寸見上げるとショッピンカートの女性が呆れ顔で黙視していた。
「便利よねー、ホント、便利だわ!」― オバサン、何が言いたいの? 体が不便だから、便利な車椅子を使うのは当たり前でしょ! ―僅か数分のエレベーターの中でオバサンは何度も「便利」を繰り返したのである。馬ッ鹿じゃないの! 失礼ながら、私は本当にバカだと思った。利用の階にエレベーターが停止すると、何事もなかったように、待っててくれた礼も言わずに、オバサンはサッサと降り、次に移動を始めた私に続いてショッピングカートの女性が歩き出すのがガラスに映った。私の「ありがとう」の言葉の後には女性の「いいえ」が微かに聞こえた。

 優れ物の私の電動車椅子はすぐに妙なオバサンに追いついた。慌て者らしく、オバサンが通路に敷かれた敷物に蹴躓いて「ワー!」とオーバーに叫んだ。後から追いついた私は背後で苦笑いせざるを得なかった。
 こんな陳腐な話はともかく、世の健常者は自分も不便を感じる障害にぶつかるのは日常茶飯事だ、という自覚がない。明らかにバランスを崩した障害者というレッテルに惑わされている事にすら気付かない。何を基準に不憫に思うのか知らないが、こちらの方がずっと勝っている事にさえ、気の毒に!という眼差しを向けてくる。人間、健常者も障害者も常に「謙譲の美徳」を忘れずにいたいものである。
 所謂、一般的な健常者には障害者が「すみません!」と声を掛けたら、また、目で要求したら、手を貸して欲しい。出来るなら、声掛けは障害者の方から始めたほうがよいと言える。要らぬお節介は急減する筈だ。そして、思い遣りが町に充満する筈だ。

阪田久美子

阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/

投稿者 bfc : 18:54

2006年10月19日

■BFCニュース~BFCBlogのライター阪田さん自身のBlog「脳のミステリ」の自己装丁版を販売

哲学者ルソー曰く
― 我々はいわば二回この世に生まれる。一回目は存在する為に、二回目は生きる為に ―
一度死にかけた私は生きている自分と死んでしまった自分という双子で再び生まれた、と思っている。障害者でありながら、所謂一般社会で活躍している人の立場に立ってみて、バリアフリーを考え、ノーマライゼーションを掲げる必要性は殊に現代社会には必須という事である。ならば、私はおこがましくも自分に拘わる医者や療法士に障害者として協力しようとしているのだから、一般社会でも袖触れ合う多生の縁という事で自分の意見を大っぴらにしたいと思う。
TheBrain 脳のミステリーは私が平成17年7月から綴り始めたブログを編集したものである。

¥1000(送料込み)で販売しています。

●申し込み方法
直接のメールで結構です。ただし『マイ・ブログ』という件でお願いいたします。
kumikosakata@yahoo.co.jp
●支払いは、一冊あたり¥700プラス切手・手数料合計¥1000
を郵便口座10140-62662971にお願いします。但し、直接双方手渡しの場合は¥700になります。

投稿者 bfc : 18:53

2006年10月18日

■BFCニュース~港区DAC木下選手。兵庫国体おいて、水泳2種目共大会新記録で入賞

港区DAC木下千代子選手は、10月14、15、16日に神戸で開催された兵庫国体に、東京都代表選手として水泳2種目に出場.両種目共大会新記録で入賞した

投稿者 bfc : 11:26

2006年10月11日

■ミュージックレビュー 日野皓正in増上寺

【ライブレポート】日野皓正in増上寺

10月7日 港区民祭り記念コンサートとして増上寺大殿前ステージで、日本を代表するjazzトランペッター日野皓正のコンサートが開催された。
出演は、日野皓正・日野クインテット・慶応義塾大学ライトミュージックソサエティ。
月明りの増上寺でのオープニングは、モンゴルの女性ボーカルをフューチュアした幽玄な曲「AGIANDREAM」
2曲目は、最近日野がチャレンジしているという詩とjazzのコラボレイト「私の願い。すべての銃を楽器に」3曲目に勿論マイルスの曲を入れ、エンディングは慶応の学生達と日野の弟の曲をジャムセッションだ。秋風は寒いけれど、月明かりの下楽しめたコンサートだった。(tad)

投稿者 bfc : 17:28

2006年10月05日

■BFCニュース~シンポジウム「水治運動療法を考える」を共催

10月1日2日港区立障害保健福祉センターで開催されたWAPT協会主催のシンポジウム「水治運動療法を考える」を共催し、代表がパネラーとして参加。自身の体験を語る。

投稿者 bfc : 16:35

2006年10月03日

■Thinking About Barrier【10】

『慎重にならざるを得ない中途障害者』

阪田久美子

 元来、怖がり屋の私は利き側の右が思うように動かず、使えなくなって、更に健常な左側のブレーキが掛かりやすくなった。
 子供の頃から、大きな怪我もなく大病にも冒されず、私は御身大切に生きてきた。反面、精神的には結構、強い人間だ、と思っている。ただ「自分さえしっかりしていれば」という気持ちが強すぎて、その分、頑固だと家族の中では専ら評判だ。だからこそ、外的影響から来る欠陥とか事故を防ごうという気持ちは人一倍強い。
 自分なりに社会復帰してパソコンを通しての活躍の場が海外オンリーになると、日本に居乍らにして、日本社会を外から眺めて評価する自分に気付く。
 日本の常識は外国人には非常識に思えるらしい。これには私も頷ける事が多々ある。

 凡そ30年以上前から数年間はメルボルンに所謂お里帰りをする度に、日本との仕事に関する相談を持ちかけられる事がよくあった。自分自身は日本で英国法人の下で働いていたので、悩みは幾分解ってあげられた。各々の社名は名誉の為にも絶対に挙げられないが、英語の壁が立ちはだかるばかりか、相手の日本人にはとても言える事ではないような問題があり、それは延いては遠回りをして日本人の弱点に辿り着くという事を予感させた。高度成長期の日本人には「驕る平家の観がある」という言葉がとても似合っていたように思えてならなかった。そして、残念な事に、日本人はあの経済高度成長期の悪い癖を長ーく引っ張って来過ぎたと、私は思う。
 例えば、英語という言葉の問題に絞ってみると何となく分かるかもしれない。「もう一度!」の一言を口から出すのに、躊躇するというか、潔くいかない人が多くいる。私は留学時代にいつも「もう一度!」を叫び、間違いに恥をかいていたせいか、あまり問題視しなかった。自分はいつも「正しい」だから、弱点を見せずに全てを知らない間にごり押ししてしまう人が日本人に多いのは否めない。あの時、完全にマスターしたのが「ソーリー」と「パードン?」だが「なあーんだ!そんな簡単な単語かあ!」とバカにするあなた! こんなに簡単な単語が現地人と同じ様に、いきなり、しかもすんなり発音する事が肝心なんですよ! 流暢な英語と聞きたくなるような話したくなるような魅力ある英語を操るって結構、自然がキーワードなんですよ。
 近代日本社会では、英語教育が義務教育で3年、高等教育で3年、人によっては更に2年4年、更に、とかなり長期間に亘って学んでいるにも拘らず、苦手意識が誰よりも強いのである。話すのが苦手だ、という。幾人もの人が言う。「喋るのが苦手でね。読むのと書くのはいいんだけどね・・・」
殆どの人が読み書きは自己採点をするらしい。じゃあ、いいも悪いもわからないじゃない!喋ると本人よりも、他人の耳がすぐキャッチするから、批評を貰う前に自分から「苦手」を前面に出す訳だ。読み書きがしっかりしていればいい筈だが、話すのは確かに話し下手はいるが、それとは違った意味で話すのが苦手だという人が多い。英語に関する日本人の読聞話の良し悪し定義はおかしい!
 実は、かつて、メルボルンで日本から届いたビジネスレターを見せられて絶句した事が何度かあった。レターヘッドを見て私は愕然とした。何れも大会社大企業からの手紙だった。相談してくるのが、メルボルン大学関係の人だったり、メルボルンの企業家からだったのだから相手も・・・という訳だ。自称英語屋の亡き父は明治生まれで、尊敬したのは話す事より読んだり書いたりが得意だった事である。私は、留学から帰国後、いつも「通訳や翻訳は苦手!」と言っていた。すると、周りの日本人には「何ーんだ、英語出来ないんじゃない!」と笑われたものだ。他人の思いや考えを通訳したり翻訳したり、訳が苦手で、英語を駆使して確たる分野のビジネス展開は得意だ、という意味だったのに・・・英語が解る人間だと知ると殆どの人が「通訳の仕事ですか? 翻訳ですか?」と聞いてくる。「まさか!」英語が解るからって、みんながみんな、他人の為に訳してあげる程の天才じゃあるまいし!
 ピアニストにもコンサートプロがいてレッスンプロがいる。姉のような木漆工芸家にも制作専門家とお稽古指導専門家がいる。因みに、姉は前者で、教えるのが苦手。バレエの世界でも、本人はバレリーナとして世界に名を轟かせていなくても、素晴しい才能を世に出す事に長けている人が居るじゃないか。スケートの世界、サッカーの世界、野球の世界、書道、華道、茶道、武道、何の世界でも考えられる事だ。それなのに殊、英語に関する限り、日本人がギクシャクしてくるのは何故?
 中途障害者の私は、自ら障害社会に居座ってみて日本の便利社会で活躍する人達の常識非常識を捉えて、自ら慎重になろうと、思う。
 世に罷り通っている日本の常識と埋れている非常識を探ってみるのは面白くも大切だと思うので後日、取り上げてみたい。

阪田久美子

阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/

投稿者 bfc : 09:54