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2007年09月13日

■Thinking About Barrier【21】

『経験哲学って?』

阪田久美子

 悲惨と言うか、呆れたと言うか、私を唖然とさせた事故がある。障害者なのか、単なる高齢者なのか、電動車椅子初乗り、初外出で命を落とした男性がいる。
 70歳を超えたばかりで、単独で電動車椅子に乗って外出するのだから老齢者と言いたくないような元気印の高齢者だったのだろうか。年を取っての車椅子は殆ど介助者が脇に、後に付いているようだが、中途障害者は違う。私のように平気で電動車椅子を利用して外出する。その年齢にはかなりの開きがある。その運動神経にも差がある。

 私が自分なりの心構えを述べると「そんなに気を遣って動いていたら、疲れちゃう!」と言う人が何人もいる。私にしてみればこんな気遣いは当たり前の事なので、かえってそんな言葉に首を傾げてしまう。
 因みに当然の私の心構えを披露してみよう。
 私は右半身不随なので右側にはバックミラーなるものを用意している。背後はこのミラーを頼りにしている。自由が利くとは言うものの左側は全てを委ねられるのでかなりしんどい筈だ。いつも気にするのは車椅子の車幅である。慣れたもので「通れるか、通れないか」は自分の判断がいつも的確であるという事に気付く。左右の物を傷つけず、自分の物も傷つけずはこの時の行動の鉄則である。
 横断歩道以外の横断はもっての外で、事故の男性のように電車の踏み切りを渡る等、考えてもみない。私の行動範囲である高輪白金付近には横断歩道はいっぱいあるが、確かに踏み切りは見あたらない。品川に行けば、京浜急行の踏み切りはあるし、以前よく行っていた小田急沿線には開かずの踏み切りも数多くある。もし、私がそんな街に住んでいたら、私はどうするだろう? 恐らく、自分の判断から「この人!」と思うような見知らぬ人に介助をお願いするだろう! 海外生活をしていた頃、私は車椅子の人によくお願いされた記憶がある。車椅子の人が他の人の邪魔にならないように悠々と走っている姿もよく見た記憶がある。この記憶が私の車椅子生活を愉しいものにしてくれている。大袈裟に言えば、これぞ私の経験哲学である。
 命を落とした男性にはもっと自分を大切に、と言ってあげたかった。だが、彼の無謀な行動と最悪の結果が、多くの車椅子利用者に「要注意!」を促せばいいが、と私は思う。
阪田久美子

阪田さんのBlog「脳のミステリー」http://blog.goo.ne.jp/ban-kuko/

投稿者 bfc : 15:35