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2009年07月02日

脳を考える(3)

一條俊之

神経トリガーについて考えてみましょう。
 脳の損傷を受けた人はどんな状態なのでしょうか?
壊れた神経網が神経の伝達を阻害するため、神経トリガーが不安定になり、新たな神経網が出来づらくなります。
そして、神経トリガーが不安定となると、他の神経網に影響を与える物質を出す?これが不安、緊張の原因かもしれません。
 では、どうすれば神経トリガーを安心させたらよいでしょうか。

私は神経トリガーを原始的な成長過程で出来上がる神経網だと先に述べました。
ですから、成長過程の状態を想像してください。母親の胎内にいる状態は無理ですが、記憶がある小さい時のことは想像できるでしょう。
 近くに優しい両親がおりました。何かと世話を焼いてくれて有難い存在でした。その優しさに包まれて心は楽しさで一杯です。見るもの聞くもの新鮮です。褒められて楽しくなります。この状態を脳に障害を受けた人に作り出すことができれば、神経トリガーが活性化します。褒められて意欲がでること、そして楽しさがヒントです。
 しかし、神経トリガーは人間の成長過程で新たな神経網が被さり人格形成の過程で深層深部まで押し込められます。押し込められた神経トリガーを呼び戻すことは難しいことです。大人になるつれ、社会性を獲得する過程で人は様々な顔を持つようになります。その顔は、年とともに神経トリガーに被さった神経網で作られるのです。それを一時的でも取ることができれば神経トリガーが活性化します。褒められて意欲がでること、そして楽しさがヒントです。
090702.jpgfig-2

次に脳に損傷を受けた人と違って、ご老人が痴呆症となったり、呆けることを考えてみましょう。
 痴呆症の原因は何でしょうか?新たに作られた神経網全体が衰えること。また、神経トリガーが活動していないことだと思います。
 一方、呆けた老人は昔のことを良く覚えています。
神経トリガーに近い神経網は活動しやすい。
神経トリガーに近い神経網とは、成長過程で形成されたものです。
例えば、子供の時の記憶、経験は蘇りやすいということです。
090702_2.jpgfig-3

 ①と②がキャッチボールすることにより、神経トリガーが活発となり脳全体が活性化する。
ですから、ご老人が昔話をすること、それを聞いてあげることは脳全体の活性化に繋がります。「その話は前にも聞いたよ」と話を遮ることは神経トリガーを押し込めることになりますので注意したいことです。
 例えば、昔の家族の写真やビデオを見せて説明してもらうことなど神経トリガーの活性化に役立ちます。神経トリガーが活性化すれば安心、安定に繋がり、より神経網が作られ回復します。脳細胞は一生増えつづけます。脳神経も一生増え続けます。神経トリガーを活性化させれば衰えた神経網をカバーするように神経網が作られるので、脳は衰えることはないのです。

 私は自分の貴重な経験で感じたことを述べさせていただきました。
 私の体験・考えが、今後脳障害で苦しんでいる本人、その回りの人々の助けになることを願ってやみません。
脳は素晴らしい回復力を持っています。
そして、我々人間に明るい希望に満ちた未来を見せてくれるのです。

脳に感謝します。そして人間に。

一條俊之


参考 一條俊之の略歴及び病歴
1955年9月22日生 53歳
職種 建設エンジニア 技術士、一級建築士。
2005年3月22日 発病 右側脳出血 
・過去(2001年)に発病していた経験があり自分で救急車を呼び緊急入院
・左側完全麻痺で重度の障害
・ 出血多量であったがため、緊急手術の可否を本人に判断を委ねられるが、自分としては、自分の脳にメスを入れられることを拒否した。(自分の脳が外的に損傷を受けることが怖かった、脳が言わせたのかもしれない。)
2005.3月31日まで
 手術をしないで点滴治療にて回復。
リハビリ病院への転院準備。左脚、股関節の筋肉の発熱によって体温が下がらずリハビリ病院への転院が遅れる。(思うに、この症状は左足のリハビリの後であった。出血した右脳が驚いたかもしれない。)
2005.4月埼玉県の天草リハビリ病院に転院。
歩行訓練を中心としたリハビリを行う。車椅子生活。
自分の周りには同じ境遇の人がいることを認識し、お互い励ます合うことでリハビリに精を出した。皆さんは、脳が混乱している中で如何に社会性を保つかが大きな課題であった。社会性とは脳に大きな力を与えるものだと認識した。皆で病院のカラオケに行った時のことです。皆で歌い雰囲気がのってきた時、障害のあるご老人がおもむろに、「姉ちゃん、火。」と看護婦さんに向かって車椅子から立ち上がったのです。そのカラオケルームは薄暗くなっていたので、そのご老人が通ったクラブと錯覚したのでしょう。後から、皆で大笑いです。脳障害者は社会から離れます。ふとした弾みで社会性のある自分に戻ると思わぬ行動ができます。立てなかった老人が立ってしまうのです。不思議です。
脳障害を患った人は、特に社会から離れます。そのため、ますます萎縮して神経トリガーを押し込めるようになるのかもしれません。
2005 8月 リハビリ病院退院
デイサービス利用にて自宅にてリハビリ。病院には週1回のリハビリ。
2005 12月 会社復帰(これから月1回)
2006 4月 会社復帰 通常勤務。通勤はタクシー利用。
2008 6月 バス利用による通勤。
2009 4月 水中訓練開始  現在に至る。

投稿者 bfc : 11:41

2009年06月23日

脳を考える(2)

一條俊之

ではなぜ水中療法は効果的なのでしょうか。
人間の身体は地上では重力を感じて緊張状態にあります。水中では浮力が働き重力による緊張状態を無くします。そのため、動かなければいけない筋肉の自由度が増すのです。
【動かなければいけない筋肉の自由度】とは何でしょうか。
私はインナーマッスルが当てはまると思います。人間の動きは、
始動がインナーでアウターが追従するように動くものだと思います。そう考えると、インナーマッスルを支配する神経網が重要になります。この神経網は脳の原始的な部分で、病気によって壊れてはいないのではないかと思えるのです。(これは自分の回復に手ごたえを感じたことから言えます。)
この原始的な神経網を復活、活性化させる方法がこの水中療法にあると思います。
さて、この神経網は人間の中でいつ出来上がるのでしょうか。私は、原始的な部分と申し上げましたが、この神経網は人間の成長過程の最初の段階に出来上がると思っています。そう考えると人間の成長過程の最初の段階に当てはまる環境は母親の胎内に赤ちゃんが宿る時です。赤ちゃんは母親の体内で羊水の中で浮いています。この時、原始的な神経網が作られるのです。
この環境と同じようにしたのが水中運動療法なのです。そこで、原始的な神経網が活性化するものだと思います。その時に脳から発生する何かを見つけることができれば、脳障害の病気を治療するヒントになるかもしれません。この原始的な神経網をより活性化させることができれば脳にダメージを受けた人の回復の手だてとなると確信します。

原始的な神経網とは?
人間の成長過程で形成されるものです。形成されるのでは無く元々持っていたものです。
私はこれを、【神経トリガー】と名付けます。

【神経トリガー】、これは脳が神経網を作る時、きっかけになるものです。このきっかけを活性化させるのに水中運動は適していると考えます。
 つまり、 【神経トリガー】を作る、又は呼び起こす環境を脳障害の人に与えれば脳が活性化して回復することになります。

090623.jpg

(続きます)

投稿者 bfc : 19:15

2009年06月19日

脳を考える(1)

一條俊之

水中運動療法の効果について

港区の水中運動療法に参加しまして感じ思う所を述べます。
ここであらためて、この機会を作って頂いた関係者、水中療法で指導して頂いた関係者の皆様に感謝申し上げます。有り難うございます。
4月から4回の体験で自分が変化し感じたことを以下に示します。

1回目(4月7日)

帰宅してから、確かに軽い疲れはあったのですが、就寝中に寝汗を沢山掻きました。この現象は、この病気特有のものなのですが、病気してからの初めての体験をすると脳が活性化されます。そのため頭から肩にかけて汗を掻きます。
 私としては良い兆候だと思っております。
また、重心の位置が健常者に近くなるため身体の中心に戻ってしまったようです。私の場合、左半身麻痺なのですが、支持性の無い左足に荷重がかかることは左足に負担が生じます。そのため、歩行速度が遅くなりました。これは横断歩道を一緒に渡って家内に指摘されて気が付きました。私の場合、右足に重心を移して歩行することが楽に歩くコツなのですが、水中運動後忘れてしまったようです。
2回目(4月14日)
 この日は、水中運動で、右足に重心をもっていくことに心掛けました。それで、一回目で変化した重心の位置が私の楽な右側に戻ったようです。その後、歩行速度は元に戻りました。この経験で分かったことは、水中による歩行は、自然と重心の位置を健常者に近づけるのです。
3回目(4月21日)
 水中療法によって膝関節の使い方が分かって来た時期です。足を設置し蹴り上げることができるようになってきました。その蹴り上げが強いのか足裏の皮が剥けてしまいました。
4回目(4月28日)
 水中で蹴伸びをしました。水泳の経験があったのでバランスを気にしながら蹴伸びができました。している最中で、左腕の肩関節の部分が刺激を受けて痙攣を起こしました。腕を掌る神経網に大きな刺激だったんでしょう。
(5月9日)月一回の理学療法士の診療
私が3年前からお世話になっている理学療法士の先生に身体をみてもらい、左足が太くなってきていると指摘されました。神経が筋肉と繋がると自然と筋肉の増殖が始まるようです。

分かったこと。水中療法は効果的なリハビリです。
人間の歩行は、腰が大事な役目をします。腰が安定していないと、言い方を変えると腰が【バランスを保てない】と歩けません。【バランスを保つ】ということは、脳の中で安心するということです。
この安心が無いと、脳が混乱し緊張が走ります。さて、この安心はどうやって作られるのでしょうか。腰は二つの脚によって支えられます。その支点は股関節にあります。
即ち、股関節周りの筋肉、腰周りの筋肉、そして体幹がバランスを保つように正常に動かないと、脳は安心しないのです。正常に動かないとはどういうことかと申しますと、私の場合、右脳の機能が失われたため左側に関係する筋肉が正常に動きません。そのことを認識するのは正常な左脳です。右脳は機能が失われたため認識ができません。脳は左右の情報をキャッチボールして正常を保つものだと思います。
 つまり、キャッチボールで、左脳からボールを投げ、右脳からボールがいつものように還ってこなければ左脳は変だなと混乱するのです。その混乱の元が緊張の正体かもしれません。この変だなとは、(昔左脳が経験した右脳からの神経の反応と異なる反応が返ってくるな)と左脳が認識することで説明ができます。
ですから、身体に緊張を走らせるのは正常な左脳が作っているのかもしれません。この左脳が変だなと思わないようするためには、変は変でいいと左脳自身が慣れることです。このことは左右の脳のどこかが損傷しても同じことが言えると思います。
私の場合、これに慣れるのに2~3年かかっています。変は変でいいと言い聞かせることができたということでしょうか。慣れるには、左脳が命令して動いた右の筋肉が左脳におかしいと思わせないようにカバーした動きを作り出すことです。
 私の歩行で重心を右にもっていって、バランスを保つ安心を左脳の中で作ることに意味があったこと思います。(この歩行方法については別途説明が必要と思います。)

(続きます)

投稿者 bfc : 12:24

2005年08月29日

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#6

【6】事例
バリアフリー対応のパッケージの対象を広げて事例をみてみる。

〈写真1〉
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〈写真1〉はL社の製品解説書である。製品では説明書の活字が小さいのでこのような製品説明の冊子を作っている。L社に連絡すると送ってくれる。

〈写真2〉
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〈写真2〉はK社の製品点字シールである。これもK社に連絡すると送ってくれる。ちなみにビオレU/パウダーinの表ラベルには全身洗浄料なりボディシャンプーなどの記述はない。


〈写真3〉
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〈写真3〉はS社の点字のメーキャップ、スキンケアの冊子である。S社は特別養護老人ホームなどに出張して、高齢者のための化粧指導などもしていて、高齢化社会へ向けて地道な活動を展開している。


〈写真4〉
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〈写真4〉は漏斗とプルタブを楽に開けることができる道具である。パッケージにすべてを求めるよりも生活者は生活の知恵をだすことも必要だ。


〈写真5〉
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〈写真5〉はボールペンでユニバーサルデザインとして売られているものである。このボールペンを見て本当にすべての人に使いやすいのか疑問に思う。私には面白グッズに見えてならない。また大げさなパッケージも気になる。エコパッケージにほど遠いなど疑問ばかりがつのる商品である。


〈図3〉
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〈図3〉は自分でストローを固定できない人のためのストローフォルダーである。これなど飲料メーカーが障害をもった人のために無償で配布したらどうだろう。


〈図4〉
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〈図4〉これは握る時に力のコントロールができない人のための紙パックフォルダーである。小さな子供にも使いやすいものである。


〈図5〉
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〈図5〉は両手で操作が困難な人のための片手用ポンプ付きシャンプー容器である。健常な人にも便利なものだと思う。
包装分野ではパッケージにバリアフリーを施すよりも、自助具を開発したり、企業活動で障害者の日常生活を豊にするための支援が大切だと思う。


【7】おわりに
パッケージデザインにおいてバリアフリーを実現させるのは非常に難しい。その反面ユニバーサルデザインは有効な考え方だ。林玉子聖隷クリストファー看護大学教授は2001年7月23日読売新聞朝刊紙上で「ユニバーサルデザインの根幹をなすものは、あくまでバリアフリデザインということだ。バリアフリーデザインを知らずしてユニバーサルデザインを具体化師得ないと言っても過言でなはない。また環境を破壊し緑をなくしておいて、人にやさしいデザインはありえない。」と意見を述べている。私もこの意見にはわが意を得たりという気持ちである。包装のあり方を倫理面から考える時期にきていると思う。

【参考文献】
工業デザイン全集(日本出版サービス)
バリアフリー百科(TBSブリタニカ)
バリアフリーの商品開発(日本経済新聞社)
高齢者の視覚特性を考慮した照明視環境の基礎検討(社団法人照明学会)
身で小さな福祉用具(朝日新聞厚生文化事業団)


前節へ戻る:【5】視覚のバリアフリー
第1節へ戻る:【1】はじめに

投稿者 bfc : 13:01

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#5

【5】視覚のバリアフリー
情報の80%は視覚より得られ、パッケージの情報のほぼ100%が視覚から得られる。ここではロービジョンの人のためのパッケージのバリアフリーについて考えてみたい。ロービジョンとは、視覚で日常生活が不自由な状態をいい、視力が0.05~0.3また視野障害を含めた状態をいう。健康であって加齢によって視機能は低下する。白内障、糖尿病、緑内障、加齢黄班変性症などは高齢者に多く、視覚障害者の6割が65歳以上の人達である。高齢化社会に向けてパッケージの視覚伝達方法を研究する必要がある。

ここに高齢者の視覚の特性やみえやすくするためにはどのようにしたらいいのか思いつくままに挙げておく。両眼の矯正視力が0.1未満になると極度日常生活が困難になる。明るいところで視力は良くなり、暗いところでは悪くなる。夜の街頭では視力が0.6であるものが、明るい戸外では1.7ぐらいまで上がる。新聞活字を観る時60歳代では20歳代の約3倍の照度が必要になる。明度(明るさ)、彩度(あざやかさ)、色相(色み)にコントラストの差ををつけると読みやすくなる。白地に黒い文字より、黒字に白い文字のほうが見やすい(図2)注意書きなどに赤地に白抜き文字をしばしば使うが、高齢者には黒字に白抜き文字のほうが読みやすい。青系の色は黒くくすんでみえる。濃紺は黒く見える。赤から緑への色変化に対しては色の識別がしやすいが、紫から赤への色変化の識別が劣ってくる。60歳以降に色弁別能力の衰えが顕著になる。特に彩度の識別能力の低下が目立つ。高齢の画家がはっきりした色使いになるのはこれに起因しているかもしれない。白色の物体は年をとっても白く見える。黄ばんでぼやけて見え、微妙な青色の変化を識別できなかったり、細かい文字を読みとったり、形態の細部の違いを識別できなくなる。太い文字よりふところが大きい文字のほうが読みやすい。高齢者にとって見やすく、若年者であっても劣悪な条件下で見やすい標示は「低視力で読み取れること」、「短時間で読み取れること」という二つの要件を満たす必要がある。


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前節へ戻る:【4】ユーザビリティー(使いやすさ)

投稿者 bfc : 12:52

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#4

【4】ユーザビリティー(使いやすさ)
ここでは、バリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインの基いなるユーザビリティーについて考えてみる。ユーザビリティーとは「使いやすさ」と訳される。「使いやすさ」は工業デザインの分野では、バリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインと言う言葉が社会的認知を受ける前から工業デザインのテクニカルタームとして使われている。工業デザイン全集(日本出版サービス)6/上、人間工学の一つの章のもなっている。「使いやすさ」は「便利さ」とは少し違う。「便利さ」はいろいろな機能を付加してうまく役立つことであり「使いやすさ」は肉体的、精神的負担を取り除いて分りやすく、簡単に使えるということである。

●ユーザビリティーの三つの要素
〈表1〉は三つの要素と内容を示す。パッケージにおいては中身が何であるか、どのように開封するか、うまくハンドリングできるかなどが求められる。特にトイレタリー製品の裏ラベルなどはPL法などの関係で文字が非常に小さくなってきている。ユーザビリティーの視点で読みやすく、分りやすくする努力が必要である。

●ユーザビリティーの階層
〈表2〉は使う人を能力別にランク分けしたものである。ユーザビリティー「使いやすさ」を評価する場合、誰にと使いやすいかを決めておかなければならない。例えばその道のプロ、マニアのような人達にとって使いやすいものと、あまり知識の亡い人達の使いすさは必然的に違う。B-2ランクの人達のものがユニバーサルデザインであり、Cランクの人達のものがバリアフリーデザインと考えていいと思う。私は、すべての人が公平に使用できるというユニバーサルデザインの考え方に疑問を感じている。建築系、町づくり系に関してはすべての人に公平と言うこともあるかと思うが、道具系においては、すべての人に公平ということはありえないと思っている。日常生活においてなんらかのハンディキャップを持つ人と健常者では使う道具ははっきりと違う。高齢化社会に向けての道具系のデザインはB-2ランクの人達をターゲットにその製品の条件を明確にして「使いやすさ」を充分考慮に入れたデザインが求められる。マスコミの力でユニバーサルデザインと言う言葉が社会的に認知されているが、製品の作り手は、その意味を真摯に考えておく必要がある。


次節へ進む:【5】視覚のバリアフリー
前節へ戻る:【3】バリアフリーの変遷

投稿者 bfc : 12:25

2005年08月16日

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#3

【3】バリアフリーの変遷
1960年代初頭からすでに高齢化社会を迎えた北欧で障害者のための素晴らしいデザインの道具が出現しはじめた。日本のデザイン界にも紹介され、当時の若いデサイナーに強い衝撃を与えた。ノーマライゼーション(正常普通の状態にすること)、エルゴノミックス(人間工学)などという言葉が使われるようになった。1975年12月の「国際リハビリテーションニュース」誌の特集/障壁のない設計、国際連合生活環境専門家会議報告書が公にされ当時の国連の事務総長カール・ワルトハイム氏が挨拶文で「われわれ国際連合は、あらゆる所で障害者が直面している諸問題を協議する国際協力が必要であることを痛切に感じており、国連社会開発人道問題センターが専門家を招集しイニシアチブをとることにより、障害者のために特に必要な配慮に対し国際理解が深められるように、そして障害者が充実した、実り多い有益な生活をおくることができるようになることを熱望しております。」と書いている。

1981年国際障害者年、82年公衆電話の数字に突起をつける。83年国連障害者の10年開始年。84年紙幣に視覚障害者のための識別マーク採用。86年テレフォンカードに切り込み採用。87年公衆電話のカード返却時に音声ガイダンスやカード返却音の導入。公衆電話のテレフォンカード硬貨入り口を点字で標示。日本では80年代はバブル経済期でバリアフリーはあまり浸透しなかった。
1990年米国でADA法(Americans with DisabilitieesAct)制定される。
この法律は、雇用、移動、コミュニケーションの三つの場面において、障害者が不当な扱いをうけることを禁止している。91年E&Cプロジェクトが発足(99年財団法人共用品推進機構に改組)。ボトルのサイドにギザギザがついたシャンプーが登場。94年わが国で高齢者身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律(ハートビル法)が制定される。95年ユニバーサルデザイン7原則が発表される。この年くらいから急に高齢化社会にむけてのユニバーサルデザインへの関心が高まる。
2001年ユニバーサルデザインと言う考え方がマスコミで持て果たされる中で「バリアフリーなくしてユニバールデザインなし」と言う反論があちこちで出始める。

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前節へ戻る:【2】バリアフリーとは

投稿者 bfc : 16:10

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#2

【2】バリアフリーとは
Barrier Freeとは柵、障壁を除去する、片づける、取り除くことである。
 例えば握力に障害がある人にとって、力を入れなければ開封できないパッケージは、開けにくい開閉機構が障壁になる。その開閉機構を開けやすくすることがバリアフリーと言うことである。バリア(障壁)は四つに分類することができる。
●物理的障壁:重さ、大きさ、高さ、長さ、時間などの障壁。パッケージでは開けやすさ、使いやすさがここの分類になる。
●情報の障壁:見る、聞く、話す、嗅ぐ、味わう、触れるなどの障壁。情報の80パーセントは見ることから得られる。パッケージでは文字を大きくしたり、コントラストを強くして内容をしっかり伝達することが求められる。
●心理的障壁:人の心の中にある感情や不確実な知識や障壁になってしまうことがある。偏見やあきらめ、あわれみなどがこれにあたる。
●制度的障壁:障害を理由として一律に資格取得などを制限するようなものを制度的障壁という。

パッケージでは物理的障壁と情報の障壁をいかに取り除くかが課題になる。情報の障壁を低減させる仕組みに「異なる標示要素の組み合わせの原則」がある。文字や音声に偏っている情報に、点字などの触覚情報や、ピクトグラム、外国語など、いくつかの異なった種類の標示要素を同時に提示することによって、情報の障壁、つまり分かりにくさが低減される。麦酒の缶に「さけ」と点字されているのはこの原則に従ったものだ。分野は違うが路線バスや鉄道車両で停車駅を電光表示する装置を備えたものが増えてきている。これは、聴覚障害者にとって便利なものである。

パッケージにおいてバリアフリーを実行するのは、非常に難しいが、バリアフリーの思想を背景にユニバーサルデザインである程度カバーすることはできるし、パッケージをサポートする自助具を開発すれば、直接パッケージにバリアフリー機能を付加しなくても、パッケージのバリアフリーを遂行できる。
障害者を分類すると〈図1〉になる。包装分野では、肢体不自由者、視覚障害者に向けて、自助具を含めてバリアフリーデザイン開発が求められる。

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投稿者 bfc : 13:23

■特別寄稿~パッケージデザインからみたバリアフリー#1

株式会社 手島デザイン研究所 代表取締役 北村正彦

【1】はじめに
バリアフリーデザインからユニバーサルデザインへ世の中の関心が移っている中であえてバリアフリーデザインを考えてみる。ユニバーサルデザインはすべての人に使いやすいデザインということである。それに対してバリアフリーデザインはある特定の人たちのためのデザインである。包装はおおむね大量生産、大量販売の商品の保護、販売、輸送使用を円滑に遂行するものである。

この事実は、包装業界でバリアフリーデザインからユニバーサルデザインへと急速にシフトしている要因になっている。大量生産、大量販売を目指す以上特定の人達に対しての包装は、コスト、生産性などの面から市場に出すことができない。反面ユニバーサルデザインは、高齢者に向けて、加齢による身体能力の低下した日常生活は支障なく過ごせる人達に対してデザインしたものが、健常な人達にも使いやすいということから、業界が取り組みやすいということがある。ここで注意しておかなければいけないことは、ユニバーサルデザインを目指しているので特定の障害を持った人達へのバリアフリーデザインは、取りあえず考えない。ユニバーサルデザインをやっておけば、企業イメージが上がり、コストアップにつながるバリアフリーデザインをやらなくても済むという考え方をもつことである。ユニバーサルデザインはバリアフリーデザインの基本的なスタンスを持つことで初めてその存在意義が明らかになるのである。この稿では、私がデザインをするうえで常々考えているバリアフリーデザインについて記述していくことにする。学術的な論文ではなく、覚え書き的な文章なので、用語などに正確さを欠くことがあると思うが、それは寛容に読んでいただけるとありがたい。

次節へ進む:【2】バリアフリーとは

投稿者 bfc : 13:18